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モデルを捨てる日
Sat.18.11.2006 Posted in γ
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ボタンを押そうと人が考えてその行為を起こす際、実は体の運動プログラムが先に実行され、約0.3秒後に「ボタンを押せ」という指令が脳から出ているのだ、ということを前に書いた。

といってもブログに書いたという意味で、オレが言ったわけではない(当たり前だが!←オレ偉そうに書いちゃうから)

そのときには知らなかったが、別の本からこれは”アフォーダンス”のことなのだな、と最近つなげて理解した。

アフォーダンスというのは、アメリカのジェームス・ギブソンという知覚心理学者が唱えた理論で、今では主に人工知能の研究に利用されている考え方。


*

環境の中に実在する物体、物質、場所、事象、他の生物など、すべてのものは知覚者に対してなんらかの価値情報を提供している。
簡単に言うと、例えばここに椅子があった場合、椅子は「座る」というアフォーダンスを備えている。


部屋の中にある壁、床、椅子、絨毯、ガラス、さまざまな道具・・・。すべては読者に何かをアフォードしているはずである。床はそこに立つことを、あるいは歩くことをアフォードしている。壁はあなたの姿や声を、外の世界から隠すことをアフォードしている。椅子は座ることをアフォードするようにつくられている。椅子の本質は「座る」アフォーダンスである。すべての道具は、何か特定のことをアフォードするようにつくられている。アフォーダンスをピックアップすることは、ほとんど自覚なしに行われる。したがって、環境の中にあるものが無限のアフォーダンスを内包していることに普通は気づかない。しかし、環境は潜在的な可能性の「海」であり、私たちはそこに価値を発見し続けている。(佐々木正人著:アフォーダンス-新しい認知の理論)


ボタンは「押す」ことをアフォードしている。
それゆえ、人がボタンを知覚すると、先に体の運動プログラムが
実行され、、、という現象が可能になっていると思われる。


*

環境が提供する情報をどのように知覚して反応するか、生まれてからしてきたことというのはその”知覚システム”を鍛え洗練する、ということである。

車を見たとき、幼児と大人では車からアフォードされる内容が異なる。
大人であれば車を知覚した瞬間、その見え方の連続性、音の連続性から、スピードや自分の位置まで到達するまでの時間、避けないと危険かどうかなど多くの情報を察知する。


環境の中の情報は無限である。知覚システムは、動物がどのような環境と接触してきたかによってまったく個性的であり、情報の数に対応するように無限に分化しうる可能性をもっている。知識を蓄えるのではなく、「身体」のふるまいをより複雑に、洗練されたものにしてゆくことが、発達することの意味である。(同)


*

オレは、
①自分が過去の体験から知っていることや、今この瞬間に認知していることから、②価値観-あるべきと考えていること、によって”仮説推論”し、自分が次にとる行動を”自ら決定”していくこと
が重要であり、それをフラクタル化して行うことはすなわち”未来予知”的な行為であると考えている。

そして、そのような行為を、いかに実行し、やりきるか、そのことが”人の成長”のコアなストラクチャーだと確信している。

オレはあきらかに、このプロセスを”考えて行う”ことに重きを置いているわけだが、人間が持つメカニズム自体は、はるかに高度なものを備えているということだ。


*

残念ながら、頭(左脳)で論理的に考えることというのは、原始的な行為だ、と言えてしまうようだ。
うーんそれゆえ、「ハイ・コンセプト」や、「出現する未来」では、右脳的アプローチがとられていくシナリオなのかな。

しかしながら、”椅子”を見て、自分にあっているとアフォードされるレベルまで到達するには、かなりの椅子に接触した経験と、自分の快適さに対する理解が必要であり、それなりに高度な知覚システムを手に入れなければいけないということになる。

そのシステムの構築においては、万人に共通な方法論で斬る、というわけにはいかないから、その場合にはオレの商売上がったり、ということなんだろうか。


*

いや、むしろ、オレがとっている方法論は、リアリティの捉え方という点では、コンサルティング的なアプローチよりはるかに優位だと言える気がする。

既存のキャリア形成アプローチにおいては、自分が人生の設計者になり、その環境に関する地図を書いているようなものだ。
そして、起こるであろうキャリア・イベント、ライフ・イベントに対し、行為のプログラム化を前もって考えておくことを是としている。

これだと、すべての人生イベントに対して、それがどのくらいの確率で、どのくらいの条件で起こるかについて、どれくらい多く詳細に想定できるかで、成功不成功が左右されることになる。

そうではなくて、どのようにイベントに対応するのか、行為のプログラムは実際にそのイベントに際したときに決定されていくべきだ。
プランは地図によるのではなくて、イベントと向き合い意思決定することで”事後的に”決定されていくべきなのである。

これは、現在のAI(人工知能)ロボットの開発に生かされている考え方だが、同時にシャインなどのキャリア・トランジションの考え方(キャリア形成は、就職、挫折、成功、転職などのキャリアの節目に意思決定し決めていくことが肝要とする考え方、そのときに意思決定の軸になるものをキャリア・アンカーという)とよく似ている。(こんなこと言ってんのホントにオレだけだと思うけど)


*

さて、話を戻して、オレが重要だとしている方法論だが、これを左脳的アプローチ、すなわち、考えて成立させるのではなくて、ヒラメキや感性(この言葉は誤解を与えるが)で、オートノミック(自律的)に処理し、行為を制御していくことは可能なのだろうか。


モチロン可能に違いないんだが。


その解は、どうやら「おかれた環境に共鳴・同調する」ことにありそうだ。
ここで言っている環境、とは自然環境とか、社内環境のことではなくて、視覚情報、聴覚情報、嗅覚、触覚などから成り立つ外部知覚情報のことを言っている。

それがまさしく、論理系の協応ではなく、運動系の協応を可能にする、ということなのである。

知覚と行為の協応を研ぎ澄ますのである。
失われた人間の能力を呼び覚ますようなもんでしょうな。


*

運動系の協応が実現している例は、今のところスポーツ科学の分野で確認することができる。

例えば、いつもオレがメタファーとして狙っているゴルフ。
どうして、150ヤード先にある15センチ程度のカップに寄せるようにショットが打てるんだい。
その、ほんの小さなグリップを握る力や角度に対して論理系の協応で応えられるはずがない。

オリンピックの標準記録を持つ走り幅跳びの選手は、助走時に踏み切り直前の数歩は跳躍ごとに歩幅が大きくばらつき、踏み切り版の見え方によって(走る)行為が制御されていることが報告されている。ちなみに踏み切り前の数歩は、時速40キロメートルに近いという。


*

スポーツとキャリア形成はいくらなんでも一緒にしちゃだめでしょ。
そういう声も聞こえますが。


多分一緒。笑

いや、99.9%一緒。


*

行為の制御に利用されている視覚情報をタウ(τ)という。これは接触までの時間情報であり、例えば車がぶつかりそうになったとき、知覚対象から見えている視覚情報の変化から、ぶつかるという情報、加速度の情報、衝突がハードかソフトか、いつぶつかるかなどの情報を得て、ブレーキをコントロールすることが知られている。

これはつまり、アフォーダンスによる未来の予見ということになる。

オレも、転職までのタウを測っていたと考えてみる。


*

現状、原始時代なことを考えると、キャリア形成はマッピングがまだまだ有効であり、オレのように方法論的アプローチを唱えている者すら少ないのは事実だ。ここにおいてすらコペルニクス的転回が起こっていないのに、「認識→解釈→意思決定→実行」というプロセスを制御の流れとせず、情報レベルのインタラクションにより行為を制御していくべきだ、とはとてもいいがたい。

オレが科学者だったら、まっさきに学会から抹殺されるだろうね。
ユングやフロイトのように!?(笑)
いや新たな真理を説いて追放されていった数学者達のように。
なれたらかっこいーが。。。
(こんなこと言ってるのがすでにかっこつけすぎだが)

*

とにかく次は「共鳴と同調」これだね。
ま、オレはリアリティを追及したいタイプだから、無理はしませんが。

あ、なんかこういうこと前にも書いた。

日記のほうかな。




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佐々木 正人 (1994/05)
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