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そしていつかまた手放す
Sun.03.12.2006 Posted in γ
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人は
まっすぐにものを見る目を持って生まれ
後天的に獲得した斜めに見る目をもてはやし
いつかまた手放していく
ならば早くに手放した者勝ち
そうすることが難しいこの世ではあるけれど


*

バガボンドを描いている井上雄彦が単行本の中で記した言葉。

バガボンドは、吉川英治「宮本武蔵」をベースにしたマンガ。
主人公宮本武蔵が、故郷の村を離れ、数々の斬り合いを経て成長し、運命の佐々木小次郎と勝負の日を迎える過程を描いている。

武蔵が全国を流浪中、いずれ対決することになる小次郎と偶然接触した武蔵は、そこで重要な“気づき”を得る。それは何かと言うと、
「今まで(斬り合いに)勝ってこれたのは偶然である」「かつて自分は幼少の頃、自然のなかで、木々や風や水と一体であった」「それらはみんな同じでひとつのもの」「それはまさしく理であった」「どう振るか、どう斬るかは刀が教えてくれる(ことを思い出した)」といったもの。

かつて自分は「理」の中にいた。それなのに、それから自分を遠ざけてしまったものは何か。傲慢だった父や、自分を置いていった母や、受け入れてくれなかった村の者達か、、、
そしてそれは自分自身(の意識)であったことに気づく。


*

テレビで、人間の究極のセンサーとして、五感を発達させて生活している人を紹介していた。
例えば、目の見えない人が、クリック音(舌を使ってテッ、タッという発音)を発することで、目の前にあるものの距離、高さ、幅、質(硬軟)などを正確に掴み、健常者とまったく違わない生活を送っている例などを紹介していた。
他にも、言葉や文字に“色“がついて見える人などを紹介していた。
(その人によると、数字の5は黄土色、アルファベットのAはきれいなピンク色だという)

かれらがそういった認知をしているとき、脳がどのように反応しているかというと、例えば誰かの話を聞いているとき、聴覚を司っている部位のほかに、視覚を司っている部位も強い活動中の反応を示す。


*

うろ覚えだが、脳の一部分が何かの原因によってダメージを得て機能停止になるとする。例えば、そこが言語を司る部分だとすると、言葉を失うことになる。ただ、脳ではどのようなことが生ずるかというと、機能停止した部位(意識的な命令信号が届かなくなった部分)に対して、隣の部位機能が侵食を始めるのだ。
つまり、言語機能を司る部位の隣が仮に聴覚を司る部位だった場合、聴覚機能部位が、隣の元言語機能部位にまで侵食して広がり、結果として、その人は言語機能を失ったが聴覚機能を特異な領域までに発達させる、ことになる。


*

脳の大体どの部分が、どんな機能的役割を担っているか、近年の研究で明らかになってきている。ただ、それは絶対的なものではない。
脳は、役割分担をしつつも「全体であり、個である」フラクタル構造を持った存在である。つまり、聴覚を司る部分を切り取ってしまっても、それでもって聴覚が完全に失われるわけではなく、聴覚は脳のほかの部分が補おうとする行為によって、その機能は完全ではないが保たれるのである。
そもそも持っているその関係性によって、ある機能がどの程度の能力を発揮するかというバランスが決定され、保たれている。

個がそれぞれ発達して、全体が構成されているのではない。個はもともと全体性を兼ね備えており、それはすばらしい可能性を既に表現しており、むしろ関係性がそこに制御をかけている、ということなのか。


そして逆に考えていけば、「個で全体を見る」ことも可能であるのだ。DNAにすべての情報が書き込まれていることが言いたいのではなくて、手で聴いたり、耳で見たりして全体を機能さえる行為が可能だということだ。


オレはある種の能力開発に興味があって、こういうことを進んで知りたいと思っている。

能力開発の、ある種の正しさを掴みたいのだ。

*

その番組では、能力開発のいい事例も挙げていた。

フランスの香水師の方は、香水師の両親の後を継ごうと[21歳のときに]決意した。彼はその後、嗅覚を高める訓練を自らに課していく。その方法はこうだ。

400種類の基本の香りを記憶する。
その後、調合内容を秘密にした香水を嗅ぎ、400種の組み合わせをあてていく。
作品をつくるときは、まずレシピを作成し、その通りに調合する。できたものをテストし、イメージと違ったらレシピを直し、同じ作業を繰り返す、という。

人間の能力は、後天的に高めることができる。もっとも視覚を失った人も言っていたのだが、音で頭の中に地図を書いていく、それには過去の記憶情報が非常に大切である、と。ここでも基本400種の香りが、すでに記憶情報の中に入っていることが前提とされている。紹介された人は誰もがすばらしい記憶力の持ち主であった。

子供の頃、ピアノを習いかけたことがあるのだが、そこでの練習というのは、和音を覚えること。先生が引いた和音がなんなのか言いあてる、もとい聴きあてることだった。オレは基礎が全く覚えられず、2週間で辞めることになる。

ビジネスの世界が今、感性×××という表現をしているが、正確に言うと“感性”をもってして云々、ということではなくて、まずはこういうある種(機能利用による)の新しい能力開発の段階だということではないのか。

例えば、番組では今までと全く異なるアプローチで、例えば、カラダから発する匂いで初期の乳がんを発見する研究をしている日本企業を紹介していた。

そういうことなんじゃないのか。

その辺の、可能なら共通化できる能力開発方法論と、開発対象の新たな設定、そんなことを見つけていくことに携わることをオレは望んでいる(と思う)。


そこにあるサイエンス(ただしさ)を掴みたいんだ。


*

能力開発は、すべて後天的に身につくものを対象に行われることが基本だ。

それは人生を充実させることを目的としている。

充実?

それを解き明かすには、この寿命はあまりにも短い?

短い?



人間という個は、どんな全体を表現しようとしているのか。



オレが掴もうとしているもの、対象としようとしているものは、あまりにも矮小なものである?

それで結構でしょう、カミサマ?



そして、いつかまた手放す。


*

自分を取り囲むすべての環境、情報が発する「振れ」に共振することで推論し、、、ということをここ数ヶ月追っているが、自分の実生活に、となるとあまりにレベルが違いすぎる。それこそ述べてきたように、論理意識の世界、経営学の世界、文学の世界、芸術の世界といった進度の差もある。



現状において、考えるのを止めること、は死ぬことに等しい。



なんともオレは原始時代に生きているようだ。

いや、まてよ、原始時代は、、、オレは退化の過程を、、、



バガボンド 24 (24) バガボンド 24 (24)
井上 雄彦、吉川 英治 他 (2006/10/23)
講談社

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