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(大山のぶ代の声で) ぼくカウンセラー~
Sat.16.12.2006 Posted in γ
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「ようこそ先輩」というNHKの番組がある。見たことある?
今日たまたまテレビをつけたところ、その終わりの10分くらいだった。
有名人が、自分の母校である小学校に行って、特別授業を行うというこの番組、たまたまでなくては見ないんだけれども、いい味を出していることが多くて好きだったりする。
今日の先輩は大山のぶ代よだった。昔、ぼくどらえもん、の声やってた人。

今日の設定は「歴史上の偉人になったつもりで、他の生徒の弱点を克服する相談にのる」というものだった。
番組はもう最後の発表場面。

女の子の相談にのる男の子が選んだ偉人の設定はベーブ・ルースだ。
(どうしてその子がベーブ・ルースを選んのだのかは知らない)

さて、その女の子の弱点とは、「人前に出ると声が小さくなってしまう」というもの。
番組のナレーターが言う。
「ベーブ・ルースになった○○君、昨日はこの相談の回答を ”意識を強くもとう!意識を強く持てば大きな声が出るぞ”と書いていました。」

ほほう。小学生らしからぬ言葉表現。
そしたら、ぼくどらえもん大山のぶ代のコメントがすかさず入る。

「これがこの小学校だけの問題なのか、全国の共通の問題なのかはわからないけど、とにかくみんな回答がテクニックで済まされてしまうんですよ。問題だと思いましたね。」

お、そうであった。オレはキャリア・カウンセラーであったね。ほほう、そういうことですか。
そもそもカウンセラーというのは、こういう相談にのる人のことだったよ。
オレなら、なんて言うだろうか。

そんなこと考えるヒマもなく、番組は進む。
ベーブ・ルースになった○○君の今日、本番でのコメント。
「(外人風な口調で)私も同じだったよ。私も打席に入る前はすごい緊張したよ。だから緊張していいんだよ。緊張しても一生懸命やれば、、、、」
ま、そんな感じのコメント。いや、すまん、全部は覚えてない。笑

とにかく。おほん
立ち位置の変化があった。
他の偉人と化した子供達も一様に、何らかの「いいんだよ(グリーンだよ、と続ける子はいなかった)。」コメントが続く。恐らくはじめはアドバイス的な「こうしてみたらいいんじゃない」コメントが多かったのではないかと思われるが、昨日から今日にかけての間に、みんなコメントを進歩させてきたのだろう。

「お金がたまらない」という弱点を相談された、外国から来て日本語がまだつたない女の子はこんな風に答えた。
「君はサッカーが上手だよ。魚の世話も好きだよ。好きなことを一生懸命やればそれでいいと思うよ。」

*


子供達は明らかに、相手を良くも悪くも「変えよう」とする立場から、「肯定しよう」という立場に変わった。
どうしてかはわからない。見てないから。ま、それでもオッサンは充分満足した。

で、それはいいとして。
ここからは昨日の続き。

オレを含めてカウンセラーな人がしてはいけないこと。
それは、誰かに相談されたときに、間違った”解”を与えることである。
ま、オレの場合、カウンセラーになる以前、採用の仕事をしていたときに、とにかくしょっちゅう学生さんから質問されるポジションにいて、しかもそれは企業のイチ採用担当者の立ち位置を超え人生や哲学に関するような質問もよくもらったわけで、よく考えればそのときオレのカウンセラーという職(というかカウンセリングというスキル)は運命づけられたのかもしれない。

とにかく(今日は”とにかく”が多い?)。
間違った解を与えないにはどうしたらいいか。


うほん
だから諸君、カウンセラーとは解を、解っぽいことを決して自分から口にしないのだよ。

はい、口にしません。
で、どうするのかって?

言わせるんだよ。自分で。
だから、カウンセリング手法というのは、ほぼ傾聴スキルにつきるのだ。
聴く、聴く、聴く。言わせる、言わせる、言わせる。そうしていると、だんだん自分で自分の言葉で語っていけるようになるのだ。

んでもってさんざん言ってもらった挙句、
「君はつまり、こうしたいんじゃないかな。」と決めゼリフを吐く。すると、
「あーーーーー。そうなんですーーーーー。そのとおりです~。」
とうまくまとまるのである。

そのためのスキル。そのための関係構築。
もちろんまったく相手の意見に介入しないわけではないけれど、基本スキルは傾聴なのだ。

*


え、昨日はこんな話してないだろって?

今日、この番組を見ていたら思ったんだよ。ああ、これも同じ「ほんとうをめぐる冒険」なのだって。

つまり、気の利いた大人が使う語彙を当てはめればさ、それが得点の高い”解”として機能すると、子供達は思っている。
いや、それは大人たちも多く思っているわけだよ。

そして解が見つからないとすぐにギャースカ文句タレたりする。もしくは解が見つからなくて不安に明け暮れたりして死んじゃいそうになったり、死んじゃったりする。

でも、解はいきなりには手に入ってこない。

そこに存在するのはフレームや、方法論であり、そこから方法を決め、自分で解を手に入れなければならない。
それが未来のことであれば、解は確定されうるものではなく推論の上のものであるから、仮説推論的に解を導かなくてはいけない。せめてもの拠りどころとして。

それがなぜかわかってない。世の中、”解”合戦だ。耳障りのいい模範的”解”が、そこかしこに溢れている。

*


ちなみにオレが「人前で大きな声が出せない」とか悩みを相談されたらこんな感じ。

まず、大前提として、解は、ないのです。 え、もう聞いた?
だから、、、オレが拠りどころとするのは、フレームとしての正しさ、方法論としての正しさなのよ。
っていうことで、実は相談内容はなんでも同じなんだよね。

それには、まず、その人の様子を、こと細かに聴くのです。
どんなかんじなのか、どうしているのか、とにかく情報収集する感じで聴く。
聴くと、(それはつまり相談者にとっては”話す”と、)オレは事実情報収集ができ、相談者は事実情報の確認ができることになる。

事実、というのはかなり大事。
相談者が”している事実”、というのは、見方を変えると、本人が”できる”こと、になるから。
相談者は、自分の事実=自分のできる事、について、やだ、とか、よくない、とか評価(これをスキーマっていう)をしているかもしれないけど、とにかくそれが事実であり、それは相談者が”できる”ことに他ならない。

それが受容できると、それは”できる”という語感がそのまま示すように、自己肯定感へとつながっていく。
同じ事象に対峙しているのに、評価を取り除いて単なる事実と化することによって、自己否定を自己肯定に変換することができる。
それは相談者に次のステップを踏み出す意欲をもたらし、そして問題の解決へ、、、という感じ。
わかるかな。

で、さっきも言ったけど一般的に(キャリア)カウンセラーのスキルは何かって言うとさ、そもそも話をしてもらうための信頼関係を構築するスキルだったり、事実関係をひたすら聴くための傾聴のスキルだったりするわけよ。(あと履歴書の書き方とか、アホみたいなスキル)

※ちなみに今どうしてもう一度 ”カウンセラーのスキルは何かって言うとさ” ってわざわざ書きだしたかっていうとね、
(だって今まで書いてたのが全部カウンセラーのスキルでしょ、って思ったでしょ?)
カウンセラーって、こうした方法論とか、フレームみたいなものって、まったく教わらないんだよ。
っていうか、こんなこと考えもしないで、みなカウンセリングしてると思う。

じゃ、関係構築のスキルとか、傾聴のスキルとか、それ以外の方法論とかフレームの勉強はどうしてるの?って聞きたくなるよね。

どうしてるの?オレが聞きたいぜ。

そういう意味じゃ世の中には、怪しいカウンセラーいっぱいいると思うよ、オレ。うん、90%くらい、コワーイ!
あ、むしろ今日のオレがコワイ?なぜそんなにムキになってるのか?


だからそれは、オレが今かなり生活をかけて夢中になっているのは、「ほんとうをめぐる冒険」であるからなのだな。

うん、それがわかった!今日!

めでたし、めでたし。

*


※カウンセリングについて一部かなりのブログ用強調・脚色・主観がはいっているかもしれません。カウンセリングという仕事を軽率に語ることがここでの目的ではありません。ちょっとテンポ良く語りたいだけ(笑・それはウソかも。いい意味での警鐘か!うん、それはカッコイイ)ですので誤解のありませんよう。キャリアカウンセラーはもちろん、それ相応のスキル獲得、学習をこなさないと取得できない公的資格です。




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