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大江健三郎 「新しい文学のために」
Sun.02.07.2006 Posted in γ
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午前中、テレビを見ていたら大江健三郎が出ていた。
20年くらい前のインタビューだけど。

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大江健三郎をよく読んだ時期(SEだった頃)があって、本もかなり買い漁って持っている。

今はもう何年も読んでいない。

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最初に読んだのは、「新しい文学のために」という本。
この本で、思想家や作家がベースとしている多くのことを知れた気がした。僕がいつも気になってしまう「方法論」が小説という世界につかわれたときどうなるかがそこにはあって、それに心が響いたのだと思う。

新しい文学のために 新しい文学のために
大江 健三郎 (1988/01)
岩波書店

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一方で大江健三郎はいつもこんな言い方をする。
 「人間は壊れるものである。」
 「だから壊れないようにうやっていかなきゃいけない。」
大江の本は大概私小説か講演の逐語であって、それ故話の中に障害者がよく登場する。
("障害"自体がストーリーそのもののテーマになることは少ない。登場人物の中に障害を持っている人がでてくるのである。)

大江の話には大概、心が苦しくなる展開があって、僕はいつもそういう"事実にどう対峙するか"というテーマを知りたいと思っていたように思う。

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大江の本には、ミラクルも、超絶的な努力も、感動秘話も登場しない。ただし、日常をスケッチして叙情的に語り終わらせてしまうのではなく、必ず話の「結び」が用意されている。
そこが大江の本を続けて読んだ理由のように思う。

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そこにあるのは、今となっては死語に近いが、どのように心に"癒し"がもたらされたのか、何がきっかけとなって、受け入れることができたのか、ということに対する答えである。

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大江は「人間は壊れるもの」という定義と一緒に、
「壊れたらなおす」ということをいう。
そしてそのために、目の前にあるものを見つめる。

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二百年の子供 二百年の子供
大江 健三郎 (2003/11/26)
中央公論新社

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大江健三郎の本が、今読んでも僕の心に響くのか、それはよくわからない。

それにもう、そういう読み方で小説を読むことはしないようにも思う。


本はいつも、そのとき必要なものが、僕の手元に現れるんだろうから。




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タイトルからまさかこんなにヘビーな学校行事の話とは思わなかった。ピクニックではない。競歩会という感じ。歩行祭の描写があまりにもリアルですが、著者はこんな体験を高校生活で送ったのかな?人物の関係性としては“こんな偶然みたいなことあるのかな?”とも思いました

大江健三郎

大江健三郎 大江 健三郎(おおえ けんざぶろう、1935年1月31日 - )は日本の小説家。愛媛県喜多郡内子町(旧大瀬村)出身。映画監督伊丹十三は義兄にあたる。1994年にノーベル文学賞を受賞。年譜*いじめのため愛媛県立内子高等学校から愛媛県立松山東高


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