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自由たらしめるもの
Sun.21.12.2008 Posted in Quad
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現実なんて、いつだって窮屈そのものだ。

ランニングを始めてみて知ったのは自分の委縮した身体能力そのものだ。
昔知ってた体を動かす感覚が、現実にはいまさら再現されないことが確認できて、
でも少しづつ戻していこうと思って、そして思いのほかそのチャレンジは続いてて、
そしてすごくわかったことがある。

それは、戻す、なんて考えは間違ってる、ということ。

これは、ここをスタートとして始めなくてなならない新しい<進化>だ。
といってもかっこいい話じゃない。今はとても進化なんて言える状況じゃない。
大体もう部品がやばい。一回走ってこの消耗?ウソだろ?って思う。
ツケ?
そう、ツケなんだよ、ツケ。

自分の現実を見せつけられるというのは、まったく窮屈極まりないことだ。

だったら、そう、なにしたいんだっけ?

思えば、17歳の時にベスパを買って、その時にオレの世界は圧倒的に拡がったのだ。
グリップを握りさえすれば自分の(人間の)能力をはるかに超えることができたのだから。
それは小さな子供のころに憧れた「想像」の感覚そのもので。
だからそこからまた窮屈な現実に戻ろうなんて、これっぽっちだって考えなかったのも無理ないでしょ?

現実なんて、いつだって窮屈そのものだ。


ただ、こういうことも経験上知ってる。

事実だけが自由をもたらす。
自由になるためには、事実が必要なんだ。

仕事だって身体性についてだって同じだ。
できることをつくってから、一番楽しいことを選んでやるさ。

くそったれめ

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