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伝ええないものの中にこそ、その人の世界がある。
Sun.23.07.2006 Posted in γ
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makitakahiroブログへのムリヤリTB
http://blog.livedoor.jp/makitakahiro/archives/50765286.html

オレはねー、みんなそうだと思うわけよ。
自分も疑いようもなくキツイけどね。

それを曝け出した上で他者に理解を求めて、結局「自分(相手)の文脈、世界の中」以外で理解を示してもらえず、心底傷ついてボロ負けしたりすることが、この年になってもあるわけよ。

年をとったら、自分理解、他者理解が深まると思うじゃん。
そう、確かに自分や、社会(共有部分)への理解は深まるかもしれん。

でも自分を譲っていけるような境地というのは、もっともっと色即是空の域までいかなくちゃいけなくて、オレらのこの妄想世界においてはそんなこと言ってたらヤラレちまう現状があるってことだ。

ヤラレないように、結局みみっちい「色」がでちまう。
オーマイガッって感じ。

人間社会だから誰かとの関わりが避けられないとして、いや自分と相手の2人きりの甘美な世界だって、現実に相手が相手の文脈以外にもとづく何かを受け入れることなんてないんじゃないのか?と最近思う。>あえて極に走るけど。

翻って言えば、オレもいろんな人に「コンテクスト」概念についてギャースカ言ったわけだけど、、、美しすぎるかもしれない感はある。

つまり、何が言いたいかというと、オレはそういうことに深く傷ついて長い時間をそこにかけられずにはいられなかった経験があるんだけど、そこから得られたものっていうのは、他者に対しての自省なんて意味がなかったということ。


それだったら、闘え。


そして抽象化した概念のもとにきちんと社会性を見出していけば、うまくいくような気がするんだよね、オレは。

*

自分自身がつまらないのは、相対的な部分への依存感がどれくらいあるかで随分対処が違うと思うし、それはそれこそ人間の円熟なのかもしれないけどオレみたいなオッサンでもまだまだ屁こくくらいしかできません。

でもオレはオトナだからちゃんと「あ、しつれい」って言うのさ。

がんばってね、若い人。
魅惑の島、選択盲、そしてオレの0.3秒
Mon.17.07.2006 Posted in γ
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奄美に来て2日目、車を調達してホットペッパーに行った。


ホットペッパーがあるところは、奄美のサンゴ礁が見渡せる海岸通りでも
空港に続く多くの観光客が通る整備道路沿いでもない。


およそ店があるような道ではない。
すでに海は見えない(実際山しか見えない)。


車も余り通らない民家や畑のならびに、
それこそ古びた民家のたたずまいのまま営業されている。

よく見ないと店とはわからない。
でも小さなコジャれた看板が出ている。


そこを目指して、口伝えの観光客や、地元の人が訪れる。
ガレージを改造したかのようなそこは、サーファーの基地でもある。


もう何度目になるんだろう。
オレは1年ぶりに、でも先週来たかのようにホットペッパーを訪れた。

もちろんそれが許される。
久しぶり!とかじゃなく、ごく普通に、自然に。


オーナーの仲間さんは、波乗りがしたくて奄美に住み着いた人だ。
こういう話のご多分にもれず、シブイ味を出しているイイオトコだ。
オレよか、多分2、3才年上だと思う。


*


普通の会話をする。

「仲間さん、この辺の区長さんもしてるんだってね。」

「あ、そうなんだけど誰から聞いたの(笑)」

「タイシャク君が言ってたよ。いっつも面倒見てもらってるって。」


タイシャク君は、毎年宿泊しているところのニューフェイスだ。

長身で、甘いマスクで、ナイスバディなイイとこどりの彼は28才で、
三重出身で全国を波乗りをしてまわっていて、
今、こうして奄美にたどり着いたと言っていた。

この店(仲間さんの家)のすぐそばに住んでいると言っていた。
今までいろんなところを旅してきて、海外にも行った。
奄美はすごくいいです。と彼は言う。


「スゴイネー、イイネー」と普通にレスをしたら、

「いや、結構あるんですよ、それはそれで、大変なことが」
と笑いながら彼は言った。


「そりゃそうだよね。」


で、今年の秋には三重に戻って仕事をしようと思ってる、と
タイシャク君は言った。
「ちょっと腰を落ち着けてみようかと思ってるんですよ」


*


仲間さんもいろいろ波乗りをしながら全国(世界)を回ってきた人だ。


「ここでこうして波乗りしながら、年に1回くらい海外に
 行ければって思ったけど、ここではそんな(お金がはいる)
 ビジネスはないんだよね(笑)」


「ここに来るために都会で一生懸命働いて、1年に1度一気に
 回収するか、ここにまず来ちゃって、仕事しながら一緒に
 味わうか、どっちかだよね」


*

今までも何度か思ったが、

ここが好きなら、なぜオレはここで生活しないのだろう。

例えばオレは土着、という意味合いが好きではない。

 (注:"土着"は差別用語にあたるときがあるが、
     ここではそういう意味で書いているわけではない。)

ここにいても、オレがほしいもの、本もITも手に入るだろう。

どうせ親とは離れたところに住んでいる。

友達とはいつだって話ができるだろう。


*


なにか、合理的な理由があるはずだから、
一生懸命考えてみる。


*


(面倒くさい)


*

とにかく、意味のない呪縛にとらわれて生きたくない、
という自分にとっての真実。


国が変われば、政治家が変われば、企業家が変われば、
陳腐化してしまうような、そういうものを
自分の考えとして生きたくない。


*


見方を変える。


今に居座りたい、と思うのは、人間のアプリオリ(先天的)な欲求だ。
つまり身の安全の欲求に起因している。


居座るためにいろんなexcuseを用意して、生きているような気がする。


そういうの天才だものな、オレ。


*


さらに見方を変える。


心理学には「選択盲」という言葉がある。
人間の脳は、いったん選択したものを正当化してしまう傾向がある。


逆手に取れば、まず行動をとってしまえば、後から脳がそれを正当化してくれる、ということでもある。


つまり、事実にしてしまえば、事実は否定しようがない。
正、負、以前にある、存在、としての肯定。


うん、それはそのとおり。


*


その辺の考え方は、自分の中でもおなじみ。

ってことは、あとはやっぱり、行動、に対する自分のハードルをどう下げていくか、だな。


*


以前に読んだ(書いた)、
体が動こうとすることに対して、脳が否定権を行使するまでの0.3秒のことが頭をよぎる。


オレの勝負ポイントはどうやらその0.3秒にかかってくるようだ。


*


立ち止まっていても、時間は流れていく。

時間は自ら動かせば、人によってその流れる速さは異なるのだ。


しかし、いずれにせよ70~80年という数値でオレの寿命もやってくる。


*


進むという判断をしたんだろ?、オレ



Go for it 、オレ (再)



そして、オレの脳よ、オレを肯定せよ!


*


来年も仲間さんに会うだろう、普通に。




Amami

脳ができること
Fri.14.07.2006 Posted in γ
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アンドルー・ワイルの「癒す心、治る力」に、「イメージ」に関する記述がある。

ちょっと難文だが意味をとるのは難しくないので読んでみると、、、

「こころの目は治癒系と特別な関係にある。・・・後頭部にあたる脳の大部分は大半が眼球の網膜からくる情報の処理に追われているのがふつうだが、その仕事から解放されて情報処理の対象を内部に向けたとき、からだとこころの交流のための、もっとも重要なチャンネルがひらかれることになる。」とワイルは述べている。

*

その仕事(眼球の網膜からくる情報の処理)から解放されて対象を内部に向けたときに何が起こるか?

ワイルはイメージ療法のセラピストの力を借りてイボの治療をしたクライアントの例や、自己免疫疾患を克服したクライアントの例を紹介する。

*

切り取っても何度も再発してくる左手の大きなイボを取り除きたいと悩んでいたクライアントは、イメージ療法のセラピストの指導によって蒸気ショベルがイボをかき落とすイメージを思い浮かべることによってその問題を解決した。

自己免疫疾患の患者は、(攻撃をしない)白血球を白バイに乗った警官として想像し、その警官がサイドカーに赤血球と血小板を乗せて血液中を走り、(攻撃してくる)白血球から護衛をするというイメージを意識的に繰り返すことによって治療効果を上げる。

*

大脳皮質の多くの部分を、まさに”そのための”情報処理に用いた結果、自律神経系など自分の体の状態を意識的にコントロールしたということになる。

「同じ感情の高まりを治癒のイメージに向け、治癒系を活性化させ、遺伝子の中に隠されている再生能力にアクセスすることができるようになるのだろう。」

*

脳が自分に現実に見せているもの、それは「自分ができること」とかなりシンクロするもので、翻って脳に仮想現実を視させて一人歩きをさせれば、人間はその「できること」の想定の範囲についてもっと自律的に操作することが可能になるかもしれないと思わせる。

*

僕が強く興味があるのは、そこにもメタフォリカルなアプローチが行われていることだ。

つまり、この例の場合も「蒸気ショベル」や「警官のふるまい」といった、自分がイメージを喚起しやすい、しかも自分にとって感情的な反応を示しやすい「例え」が有効活用されている。

*

そしてここにも有限から無限を創出する例をみることができる。

思うに自己肯定感も、仕掛けとしては恐らく同じような行為なのだろう。

夢・Imaging
Thu.13.07.2006 Posted in γ
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夢については、その質が年を取るにつれて高まってるように思う。

*

自分は夢をカラーでみているが、最近はその描画力に感心してしまう。

夢は確かに昼の間に見た、無意識下でも明らかに自分のココロに滞留したものが登場することが多いし、自分の知っている情報世界内でその登場する人・モノも脚本も創られるはずだと思う。

それなのにオレはしょっちゅう夢の中で驚いたり、欺かれたりするサプライズに出会う。

オレは夢の中で「あ、そうか。」と感心したりすることも多い。
(トランプの新しいゲームを教わったことがある!)

*

話はちょっと違うが、体を横にしてから夢と現実のハザカイを「意識的に」さまようことがある。

それは寝るための処方箋とは全く異なる行為で、良い夢の途中で目覚めてしまって、その続きを無理やり視ようとするような行為とも異なる。

自分は完全に覚醒してるんだけど、寝てるように無意識にイメージをみる、ということだ。

プリミティブな白昼夢なのかもしれない。

ただ、自分の不足している無意識の欲求を空想で満たすような行為ではない。

*

具体的に、どのような形でそれが実現するのかというと、多いのは街や建物が微細な部分までクリアーに思い浮かべられるということ。

ひとつの建物がクリアーにビジュアル化できる。

自分は双眼鏡でそれを覗くかのようにみていて、隣に視点を移すと完全な形で隣の建物も視ることができる。

それを隣から隣へ次々にみていく。

*

集中(といっていいのかわかんないけど)が切れると、自分の意識が表面化されてしまいイメージは切れてしまう。

言ってみれば無心のような状態をキープして、いかに長く隣へ、隣へ、建物を視続けることができるか、(それを楽しんでいるわけではないけど)その間は頭がとてもクリアーで、そしてそれゆえ途切れてもまたその状態に入りたいと思うけど、もうその状態には意図的には戻れなかったりするのだ。

*

実はこの経験はビジュアルだけじゃなくて、ピアノのメロディ、という形でも実現されることがある。

その時はすなわち自分が作曲家になったかのように、メロディを頭の中で奏でることができるのだ。

旋律を上げよう、と思えば旋律は持ち上がり、下げよう、と思えば下がる。

そして延々とメロディは流れ続けるのだ。

自由自在に旋律をコントロールし、それを楽しみながら、その集中が切れるまでエンドレスで極めてリアルに美しい曲が流れ続ける。

なんだか自分が浄化されるプロセスのような心地よさだったりする。

*

もちろん、みえた街も、奏でたピアノの旋律も、自分の経験的な記憶・認知としては「存在しない」ものだ。

基本的に自分には絵を描写する才能(もしくは建築の才能)も、作曲ができる音楽の才能も持ち合わせてない。

起きていたら、、、残念ながら、全く再現できない行為なのだ。

*

1996年のノーベル文学賞を受賞したポーランドの詩人、ヴェスワヴァ・シンボルスカが受賞時のインタビューでこう述べた。

「感性が年をとるにつれて衰えるなんていうことは無い。それは逆で感性は年をとるにつれて豊かになっていくものだ。」

これを聞いて、「大人になって僕は感性が鈍った。」と思っていた自分は随分励まされた。

そして年をとるのがちょっと楽になった。
魅惑のファシリテーション(?)
Wed.12.07.2006 Posted in γ
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さて、mixiプロフィールの欄にちょっと書いたように、先週日経ディスコ主催の「ソリューションフォーラム」に参加してきた。

「ソリューションフォーラム」は、毎年この時期、企業の新卒採用活動が大体収束した時期に、採用担当者向けに今年の採用活動(学生の就職活動)の総括を行うイベントだ。

よって、多くの企業の採用担当者が参加する。そうだな、おそらく5、600社くらい。(もっと?かも)


オレはこのイベントには昔から縁が深い。


イベントの構成は、日経ディスコの社員の人の今年の総括報告、識者の講演、企業の採用担当者のパネルディスカッション、などである。


で、オレはよくⅠの採用担当者としてパネルディスカッションのパネラーなどで話をしたのだ。



で、なんで今も縁があるのか。



それは日経ディスコさんが、単にオレに良くしてくれるから?



う~~ん、本当に感謝。


がんばらなくては、オレ。



さて、大学に転職した去年は、さすがにパネルディスカッションのパネラーというわけにはいかず、逆に1時間講演(セミナー)をまるまるもらうことになった。しかも東京と大阪。


すごいね、オレ。



オレなりに考えて、行った講演は「採用活動のコンテクスト ~強い採用活動とは~」というもの。


ここでは「コンテクスト」の意味を詳細には説明しないが、すなわち、学生と企業と本当に共通言語をもててますか~、という投げかけである。それが共有されてないと、どんな美辞麗句もうわっすべり、立てた戦略も意味がござんせん、って話をした。当たり前といえば当たり前なんだけど、それをきちんと説明するために、コンテクストの概念を使わせてもらったのである。

それと、プロジェクトマネージメントの概念を紹介した。なぜなら、採用活動は毎年発生するプロジェクトとして定義できるけど、人事の世界でPMができる人なんていない。そのユルイマネージメントが、採用は人が足らない!と(他社の人が)いつも言い続けてるひとつの理由になってると思っていたからだ。

マスタースケジュールやWBSを駆使するだけで、随分作業のスケジュール、タスクの整理、アサイメントなど楽になるはずなのだ。
これはわかりやすいので結構ウケていたと思う。


後最後に、トップノッチだけでなく、いかにセカンドポジションにいて、でもいい素質を持った学生を積極的に採りにいけるか、その鍵は学生と共に「成長」してしまうことにある、という話をした。
これは、あまりピンとこなかったかもしれない。

たしかに、これはとても高度な戦術で、1、2年しか採用やったことない人とか、仕事でアサインされたから、ちゅうくらいの採用担当者には、「これはなんの話をしてるの?」っちゅう感じだったかもしれない、今思えば先の世界に行き過ぎた。

オレも、そんな話は、どーしても採用で勝ちたいから、小宮さんの力を貸してくれ!って個別に言ってきた企業に、どっぷりカスタマイズ入れながら語れば良かった、と微々反省。


そうだ、うん、使い分けろ、オレ。



で、今年はというと、講演は東大の先生が行っていた。

去年は元 Ⅰ の採用担当者が I 時代にどうしていたか、みたいな引っ張りもありだったけど、今年はもうそういうインパクトも薄れるし、そうするとなぜ大学のカウンセラーがこの手の類のテーマで講演してるの?みたいになるから、オレ的には講演ではないのは納得。


んで、結果的には今年はパネルディスカッションのファシリテーターでお声がかかったというわけなのだ。


それも、いきなり「ファシリテーターでお願いします」って言って断られると困るから、最初は「パネラーでお願いします」ってことにしよう、で後から「すみません、急遽変更があってファシリテーターでお願いできませんか」ってコトにしたんですよ、、、といった配慮(?笑)つきだった。いろいろありがとうごぜえます~


オレは実際には、パネルディスカッションのファシリテートはほとんどしたことがなかったので、確かにちょっと緊張もしていた。

まあ、パネルが盛り上がるかどうかは、やっぱパネラー次第と思うから、不安は大きくなかったけど。


結局、午前、午後、2回のセッションで、共に5分以上時間を延ばしてしまったが、いい経験になったと思う。



あ、、、〆ようとしたら、思い出しちゃった。


午後のセッションで、ある企業の採用担当者が僕の質問に答えていたとき、影でスタッフが(あと15分)というボードを出した。

オレは「するってえと次の質問で○分使って、、、どうにかなるかな~?」と、思いを一瞬(3、4秒くらい)時間管理にめぐらせた後、もう一度話をしている採用担当者の言葉に意識を戻した。


ところが、である。


話がそこで、すっと終わってしまった。


え??終わり??



つまり、その担当者は、3人いるパネラーの3番目に回答したのだが、1番目、2番目の人の回答の長さから、3番目の人も結構長く答えるだろうと勝手に考えていたのである。

それゆえ、ボードのサインが出たときに、一瞬その人から意識を外した。その後余裕を持って意識を戻しても、まだ1~2分は話すだろう。そこからあらたな質問をしよう、と無意識に計算してしまったのである。


でも話は予想以上に短く終わってしまった。


いざ、聞こう、としたら終わってしまった。


やばい、皆回答の後に質問をひとつふたつ入れてるのに、ここだけ「ありがとうございました、じゃ、次ですが、、、」なんてやったら、ひとりだけ話す時間が短くて不公平感が出る。。。


でも、「今よく聞いてなかったら、もう一回言ってください」なんてもちろん言えないし!!!


オレは、まったくもって「何もない、ゼロ!」なのに口を開いた。


「今○○さんがおっしゃられた、、、」


おおおおお、どこに向かうんだ、オレ!
暴走か、勝ち目のないレースだぜ!


その瞬間、、、すごい記憶の辿りかただった。


故意な意識とは違うところから、何か出てきた。


「リマインド、、、リマインドっておっしゃいましたか?そこのところをもう少し詳しくお願いします。。。」



文脈として、このつなぎは自然だったどうか? 

でももちろんもうそんなことは気にしてられない。
とにかく、反省して今から意識を100%回答者に集中しよう。。。




いやあ、場数、とはこういうのを言うね。


思い出そうとすれば、この程度の(でも激ピンチ)頭ん中マッシロネタはいくらでもあるね。


修羅場、という意味では昔試験会場でもっとすごいのもある。
(いつか書いちゃおうかな。)



いやあ、この手の仕事ももっとうまくなりたい。

なぜかこの手のマッシロネタには動じない。



意外とタフだね、オレ。




もっとうまくなりたい。がんばろうぜ、オレ。





行動優位・Think
Tue.11.07.2006 Posted in γ
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ここ2、3日、自由な1時間があると何に費やしたらいいかすごく迷う。
俯瞰的に状況整理するキャパが小さい、ということなのか?
ちょっと焦る。


自分プロジェクト(苦笑)開始後、行動は危うい感じで起こし続けている。

土曜なんてそれにつられて起こった状況に、やめりゃあいいのにクールになれず、自分でまた傷口を広げてしまって発熱。ある条件化では、どうしてこんなに馬鹿を露呈するのか。
ヤバイぜ、オレ。



でも、経験知的に何がオレを助けるのかは知ってるだろ?
とっとと立ち直れ、オレ。


そうだ、ダテにリアルに生きてないね。
いいぞ、その調子だ、オレ。




そうだ、これくらい行動優位な状況は、あの時と似ている。



あんまり誰にも言ったことはないが、オレがⅠ社で5、6年目のとき、SEをしていたときだ。
オレはⅠを辞めてある職業に就こうと思っていた。


それで、会社が終わってからダブルスクールである大学の講座に通い、そこで某国立大学の教授と出会った。今思えばあの激務の会社でよくそんなことしたが。しかも誰にも言わずに。


オレは何度かその大学教授の家を訪問するようになり、将来のことを話しあったりした。



だけど、結局オレはその道には進まず、違う選択をした。



オレは人事に戻る道を選択し、そこで神戸大の金井先生の表現で言えば「ひと皮むける体験」をすることになる。



しかも今、その(人事に戻った)経緯を思い出そうとすると、留学ジャーナルで取材されたときのようなシナリオのみが思い返され、上述のことは記憶の底に沈んでいたりするのだ。





なにが言いたいかというと、


”ある職業”に就こうと考え、行動を起こしたオレが、もしもそのままその職に就く選択をしていたなら、あのときの行動優位な進め方(プロセス)と最終的な意思決定は、オレが”すべて”ひとりで引き出したと言えるだろう。だがオレはそれを決断しなかった。


実際に選択し、成功をもたらした結果(人事へ戻ったこと)は、オレの5割、神の5割でもたらされたものだった。つまり、成り行きはあったものの、向こうからオファーしてもらった、というアンコントローラブルなものがあった。

しかし、留学ジャーナルの取材で述べたように、オレはその選択に絶対の自信を感じた。
つまりそれは、「(偶然訪れたその機会のための)準備はできている」という感覚だ。



「幸運は、準備のできている者に訪れる」というパスツールの言葉は、オレのひとつの信条、いやキャリア形成上のリアルなメルクマールである。



さらに一昨年決断した大学への転職、それは完全に、戦略的に、その時の方法論を再現したものだった。


オレは準備をして待った。


そして訪れたチャンスを想定どおり手に入れた。





話を戻そう。

今の「行動優位」の感覚が、あの時に似ていると思い出されたのである。


イイね、オレ。
過去の体験がオレを導く。



そう、準備を怠らないこと。




Think(考えよ) オレ、





だれか、ⅠのThink文具、ください。

もうなかったりして(笑)


ひとりキックオフ
Thu.06.07.2006 Posted in γ
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7月になる直前となってすぐに、大事なことが複数回あった。


そのことでオレはずいぶん勇気が蘇って、それを受けて7月1日と2日の週末は、ひとりキックオフをしていた!



まず、どうしても心の底からは好きになれないmixiを再生することにしてupdateした。それから、新しくブログをひとつ立ち上げて、mixiと連動させることにした。それから知り合いを探しまくってマイミクリクエストを送りまくった。



われながらかっこ悪い!(笑)



まず"マイミク"という言葉をピンク系オレンジの画面に打ち込んでいる自分が悲しいぞ。このデザインは、どう考えても、R30の女の子ウケを狙ってるんだろ?



ああ、なのにマイミクはいまだに40人くらい(これはGREEでお友達になってもらった人の半分くらい)だし。
みんな、どこにいるんだ。(いないのか?)







なにやってたんだか、オレ。







ただ、、、
自分を責めてももうこれ以上責め切れず、それでも、前に進むしかないときに、どうあらなければならないか。


傷口が開いて、そこから自分の弱さを、自分より年下の子達の前で垂れ流したとしても、それでも、「自分のできること」をしなくてはいけないではないか。




Go for it、オレ!







オレができることをやれ!
それがオレである。






大事なことがもたらされて、それでわくわく感が戻ってきた。

だからしばらくは積極的に仕掛けていくことにした。

今は大事な仲間と、アツク、楽しくやっていくイメージを感じられる。



まさしく Win、Team、Execute だ。笑

IBM、いろんなものを今でもくれるね。
本当にステキな会社だ。



話がヨレた。 ははは。


とにかく、オレが持っているもの、できることをすべて差し出していこう。
とにかく、自分から絡んでいこう。





ようやっと思い出した。







魅惑のノートテイキング
Wed.05.07.2006 Posted in γ
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日経ビジネスアソシエには、ときどき最近おもしろいがページがあったりする。

*

最近特に目を惹かれたのは、6月6日号に掲載された「いつも結果を出す人のノート術」という特集。いろんな(達人とされる)ビジネスマンのノートテイキングの工夫が紹介されているのだが、いかにも雑誌取材対応らしい仰々しいものに混じって、電通ケトル社長の嶋浩一郎さんのノート術が紹介されていた。これがかっこいい。

*

「離婚届のハンコは苗字は同じでも(夫婦で)違うハンコじゃないといけない」「高速道路の通行券のナンバーは下2桁が車のナンバー」など、本を読んでいて知らないことや、いい文章を見つけると付箋(ポストイットだね)をとにかくつけるらしい。他に、人と話して面白いネタがあったり、隣のテーブルで女子高生が面白い話をしていたらまず"2軍のノート"なるものにつけていくのだそうだ。そしてこれを1ヶ月くらい寝かせてから、"1軍のノート"に移行するのだそうだ。つまり、本に付箋を貼ってもすぐには書かない。1ヵ月後に「なんでここに付箋を貼ったんだっけ」と思い出すことで記憶が定着する。書く前には周辺情報をGoogleで調べて追加情報を加味して書く、のだそうだ。

*

ちなみにネタには番号が振られているが、ただの羅列で整理はされていない。これがかえって自由なネタのつながりを生み出すという。たとえば「松葉ガニも越前ガニもタラバガニのことで、産地が違うだけ」というネタと、「サルトルは甲殻類が嫌いだった」というネタをつなげることができる。サルトル=フランスや実存主義といったつながりももちろんできる。ひとつの情報に小ネタがついたほうがアイデアは出やすい、ということらしい。

*

これってなにげに僕が考えているキャリア形成スキームと一緒。笑


*


つまり、自分の過去を棚卸しして事実をとにかくたくさん把握する。
その事実を自由に組み合わせて自分のできることを最大化し、やりたいことを叶えていく。
点(ネタ)と点(ネタ)をつなげて線にしていく、という感覚。

*

アイデア=ひらめき、ということについても、僕は「0」から「1」を生む、ということをあまり信じていない。ひらめきは自分の持っている(無意識下の)事実の組み合わせから生まれる、と僕は思う。その自由自在な組み合わせを容認し信じることこそ重要なことだと思う。

だから当然、「いくつもアナロジーの事例があったほうが創造力をかきた立てる。(嶋さん)」
納得。

*

もうひとつ、イラストをつけることでわかりやすさとインパクトをつける、という都市設計家の山田雅夫さんが紹介されていた。ノートにスケッチをしていくのだが、なんかおもしろそう。
大概の物体は直方体と円形を含む物体、例えば身近にある携帯やipodで練習するのがいいらしい。
線は自分に近いところから描く、右利きの人は右上がり(右上に奥行きがでるよう)に置いて練習するのがいいらしい。なぜかすごくやってみたくなった。

*

そもそも、"ノート"にすごく興味が湧いていた。
なぜなら、ふとしたことで使ったノートがすごくゴキゲンだったから。
大江健三郎 「新しい文学のために」
Sun.02.07.2006 Posted in γ
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午前中、テレビを見ていたら大江健三郎が出ていた。
20年くらい前のインタビューだけど。

*

大江健三郎をよく読んだ時期(SEだった頃)があって、本もかなり買い漁って持っている。

今はもう何年も読んでいない。

*

最初に読んだのは、「新しい文学のために」という本。
この本で、思想家や作家がベースとしている多くのことを知れた気がした。僕がいつも気になってしまう「方法論」が小説という世界につかわれたときどうなるかがそこにはあって、それに心が響いたのだと思う。

新しい文学のために 新しい文学のために
大江 健三郎 (1988/01)
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*

一方で大江健三郎はいつもこんな言い方をする。
 「人間は壊れるものである。」
 「だから壊れないようにうやっていかなきゃいけない。」
大江の本は大概私小説か講演の逐語であって、それ故話の中に障害者がよく登場する。
("障害"自体がストーリーそのもののテーマになることは少ない。登場人物の中に障害を持っている人がでてくるのである。)

大江の話には大概、心が苦しくなる展開があって、僕はいつもそういう"事実にどう対峙するか"というテーマを知りたいと思っていたように思う。

*
大江の本には、ミラクルも、超絶的な努力も、感動秘話も登場しない。ただし、日常をスケッチして叙情的に語り終わらせてしまうのではなく、必ず話の「結び」が用意されている。
そこが大江の本を続けて読んだ理由のように思う。

*

そこにあるのは、今となっては死語に近いが、どのように心に"癒し"がもたらされたのか、何がきっかけとなって、受け入れることができたのか、ということに対する答えである。

*

大江は「人間は壊れるもの」という定義と一緒に、
「壊れたらなおす」ということをいう。
そしてそのために、目の前にあるものを見つめる。

*

二百年の子供 二百年の子供
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*

大江健三郎の本が、今読んでも僕の心に響くのか、それはよくわからない。

それにもう、そういう読み方で小説を読むことはしないようにも思う。


本はいつも、そのとき必要なものが、僕の手元に現れるんだろうから。




脳が体を支配する?
Sat.01.07.2006 Posted in γ
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東大大学院の池谷裕二先生の「プレジデント」への寄稿、響いたねー。

*

われわれの体は脳によって支配されていると思われがちだが、実は体が脳を支配している、というもの。そこをよく理解して、意識と行動をコントロールしていこう、というもの。

*

リベットと言う学者が行った有名な実験によると、好きなときにボタンを押してください。と言われて好きなときにボタンを押すのは一見自由行動のように見えるが、実は脳波を調べると、まず手の運動プログラムが動き始め、それから最長で1秒ほどたって、ようやく「押したい」という意志が生まれていた!という。

ちなみにその0.3秒後に、脳からの指令が働き、そこから0.2秒後に実際の指が動く仕組みになっている。この前者の0.3秒、つまり意志と指令の間の時間が行動の猶予時間であってここで「ボタンを押さない」という意志を否定する選択ができるようになっている。

この0.3秒で、人間はいろんな衝動を抑えるのである。

*

この後もおもしろい話が続くんだよ。

*

こういうの偶然手にすると「意識と行動の専門家」になりたいって気持ちがムクムク湧いてくる。

僕が重視するのは、とにかくサイエンス。言葉にも情動にも宇宙にもこころにも、みんなサイエンスが欠けているから。

こういうの考えてるの楽しい。






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